東北大学 東北大学 大学院工学研究科・工学部 化学・バイオ系

化バイについてわかる10のコト

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未来につながる豊かな知識

化学工学コース
適材適所のナノ材料設計で
ものづくりにイノベーションを!
長尾 大輔先生
東北大学大学院工学研究科 化学工学専攻
プロセス要素工学講座 材料プロセス工学分野

ナノ粒子と聞いて皆さんは何を思い浮かべるでしょうか?ナノというサイズはとても小さく、目で見て確認することはできません。髪の毛の太さの1000分の1程度の大きさです。例えるならば、直径100mのグラウンドになかに置いた1粒の砂糖が大きさの比較イメージになります。

昨今よく聞くウイルスも同じくらい小さく、ウイルスが付着した手を見ても、私たちはその存在には気づきません。新型コロナウイルスへの大事な対抗手段となるワクチンもナノサイズの話であって、ワクチンには”ナノ粒子”に成形された薬成分が含まれています。目で見て確認できないものなので、身近なイノベーションにナノ粒子が関わっていても、ナノ粒子の存在に気づかないまま、そのイノベーションを体験しているのかもしれません。

今までになかった「ものづくり」や今でもある「もの」の材料をナノサイズにすることで今まであった材料がもっとよくなったり、小さくなることで省エネになったり、複合的な機能を持ったり、と小さなナノ材料がものづくりに大きなイノベーションを起すことができるのです。

ナノサイズにすることにより、ものづくりにどんなイノベーションが起こせるのでしょうか。 例えば、皆さんが使っているスマートフォンは昔の携帯電話に比べて画面が大きく、機能性も高いのに、バッテリーの持ちがどんどん長くなっていますね。 材料をナノ化していくことで、パーツを小さくすることができます。パーツが小さくなるとバッテリーやスマートフォン自体も小さくなり、さらに省エネにつながるというわけです。

また、最近のスマートフォンは画面がフチまであり、平面ではなく曲線のものや画面が折り畳めるものもあります。これは実は画期的なことなのです。フレキシブルでありながら、機能を発揮する材料のイノベーションにはこれまでにあった材料にナノ材料を掛け合わせることで実現していたりすることがあります。スマートフォンの液晶保護フィルムのように、「頑丈」「フレキシブル」「透明」「導電性」を兼ね備えた、これまで考えられなかったような材料がハイブリッドナノ材料として近年続々と登場しています。

ナノ材料を「人」に応用することを考えたとき、医療応用がイメージしやすいかもしれません。例えば、造影剤は外からは見えない血管の詰まりや異形を見るのに使われます。がんになった部位を見やすくするイメージング技術にもナノ材料が使われています。がんの場所が時間とともにどのように変化するかを調べることで、がん治療の効果を確かめることができるようになります。すでに使われているナノ材料をもっと進化させれば、人体に対してより安全で、もっと鮮明に見える造影剤をつくれるようになり、もっと早期にがんを発見できるようになるでしょう。

また、ドラッグデリバリーシステム(DDS)にもナノ粒子が使われています。DDSとは必要最小限の薬を必要な臓器や組織などに最適なタイミングで届けることで、薬の効果を最大限に発揮させることを目指すものです。例えば、磁性を持ったナノ粒子が入った薬をがんの治療薬として使います。その薬ががん細胞までしっかりと届き、がん細胞を見分けて吸着、そこに磁性に対してのみ反応させることができる治療を外から行います。元気な細胞を傷つけることなく、また手術で体を傷つけることなくがんを治療できるわけです。

ナノ材料は医療、工業に関わらず、無限の可能性を秘めています。ナノサイズにすることで今までにはなかったような機能や特性が出ます。例えば、現在、研究対象にしているのは抗菌作用のあるナノ粒子です。銀は抗菌機能を持っているため銀イオンを使った製品を見ることがあると思いますが、実際に銀をたくさん使うと原材料が高くなるため、これに変わる材料をナノ材料でつくろうとしています。銀のように抗菌作用がありながら、安価に生産できる原料を使うことができれば、これまでの資源に頼ることのないものづくりができます。

自然界にはこれまでのものづくりを支えてきたたくさんの資源がありますが、実はこれらの資源は量に限りがあったり、日本国内では採ることができないため国外からの輸入に頼らなくてはならなかったりと大きな問題を抱えています。レアメタルと呼ばれる希少元素は価格が高騰したりするため、どんなに高い機能を持っていても産業応用に適さないことがあります。また、金属自体がアレルギー症状を引き起こすこともあるため、「原料を変えていく」ということは産業にとって必要不可欠なことなのです。

ナノ材料について、身近な例で説明してきました。私たちの研究室のナノ材料開発のコンセプトは「適材適所」です。「適材適所」とはもともと伝統的な日本家屋や寺社などの建築現場での木材の使い分けに使われていた言葉です。柱になる木材、梁になる木材、ここにはどんな材料を合わせるのがよいのか、この技術により昔に造られた寺社が現代でもその姿を残すことができているとも言えます。同じことが材料開発にも言えるのです。どこにどんな配合の材料を配置するのか、限られた原料で高い効果をあげるにはどうしたらいいのか。新しい材料を開発したら、次にどうやって産業応用をさせていくのかを考えます。生産費用を抑えながら、安定的に生産することができなければどんないい材料も活躍することができないからです。

この瓶の中にはおよそ1兆個もの金ナノ粒子が、互いに距離を保ちながら漂っています。もちろん目には見えませんが、この赤紫の色は金(Au)の色です。1兆個ものナノ粒子が分散しているのに、液体が「透明であること」、実はすでにイノベーションが詰まっているのです。ナノサイズにすることで光の分散が起きなくなるため透明になります。ですが、粒子を細かくしていきナノサイズ化していくことで、粒子がくっつきあい塊になってしまう「凝集」という現象が起こります。一つ一つはナノ粒子であっても塊になってしまうので、透明な状態を保つことはできず、不透明になったり、沈殿したりしてしまうのです。ナノ粒子を凝集させずに、均一に分散させることが安定的にナノ材料を応用していくことにとって重要です。

最初にナノ粒子の大きさとウイルスの話をしましたが、ウイルスは体内では1つ1つが粒子として存在していて、くっつきあったりしていません。もしかすると、ナノ粒子がくっつき合わないようにする方策をウイルスから学ぶ、なんてこともあるかもしれませんね。

私たちの研究室では液体の中でナノ粒子をつくることを行なっています。ナノ粒子は必ず「凝集」という問題が起きるので、これを回避するための方法として、粒子の周りにくっつき合わないような膜(薄い被膜)をつくるのです。この膜は水に馴染みやすい分子でできているので、液体の中での均一分散を手助けしてくれるというわけです。この液体の中でナノ粒子たちがどんな動きをしているかを知ることはとても大事なことです。

今、私たちの研究室に所属する渡部花奈子助教はオランダに留学しながら、共同研究に取り組んでいます(2021年 11月現在)。私たちがつくった液中のナノ粒子を解析することができる研究室がオランダにあるからです。液中のナノ粒子の動きを見ることができる装置によって、さらなる開発につながる大きな可能性があります。新しいものづくりは答えが用意されていない試練の道ですが、目に見えないナノ粒子の世界でも色や透明性のような五感で味わえる楽しみがあり、ものづくりの未来と革新を感じながら、化学と工学の知識を活かして日々研究をしています。

渡部花奈子助教のインタビュー動画はこちら

メッセージ

長尾先生からのメッセージ

失敗から学ぶことを楽しんで成長していこう。
研究においては、いつもと違う“気づき“がものすごいイノベーションに繋がったり、失敗だと思っていたことが大成功のきっかけになったりします。
なんにでも興味を持って取り組めば、今まで見えなかったことが見えてくるはず!