イソフラボン代謝の酵素科学と分子生物学

Biosynthesis of isoflavonoids

   
  図 イソフラボの一般構造  
 マメ科植物であるダイズ(枝豆)はイソフラボンというフラボノイドをマロニルグルコシド配糖体として多量に蓄積しています.

発芽したダイズ種子の根は,このイソフラボンをアグリコンとして分泌し,根粒菌をおびき寄せ,共生関係樹立のためのシグナル分子として機能していることが知られています.フラボノイドを根から分泌する植物はおそらくマメ科植物だけです.

このイソフラボン生成反応は、細胞内では小胞体膜上でイソフラボンシンターゼ(IFS)の作用で起こり、次いで7位がグルコシル化され、さらにグルコースの6位がマロニル化されます。これらの修飾により液胞に運ばれ、そこでコンジュゲートとして貯蔵されます。ダイズ実生の根では、イソフラボンは必要に応じてこうした修飾が外されて、アグリコンとして細胞外に分泌されることになります。

   
  図 ダイズにおけるイソフラボン代謝  

   
  図 ダイズ実生の無菌的取扱い  
 意外なことに、イソフラボンの動態を左右するこうした修飾酵素系・脱修飾酵素系について遺伝子は単離されておらず、それらがどのように制御されているのか全くわかっていませんでした。わたしたちはこの2年ほどの間に、イソフラボンのグルコシルトランスフェラーゼ(GmIF7GT)遺伝子やイソフラボングルコシドマロニルトランスフェラーゼ(GmIF7MaT)遺伝子を取得し、推定アミノ酸配列からこれらの酵素が細胞質に存在するものと推定しています。また過去の研究によれば、ダイズではイソフラボンの脱修飾はイソフラボンコンジュゲートに非常に特異的なβ-グルコシダーゼ(GmICHG)によって達成され、しかもこの酵素はマロニルグルコースの部分ごと切り離すことができると示唆されていました。このGmICHGは、イソフラボンコンジュゲートのプールやこうした修飾酵素系からは空間的に隔離されて存在するはずですが、酵素遺伝子はとられていませんし、いったい細胞のどこに,どのように隔離されているのか、さっぱりわかっていませんでした。そこで、このGmICHG遺伝子の単離と酵素の細胞内局在性を明らかにすべく研究に着手しました。
 
   
  図 酵素精製  
ダイズの実生の根に強いGmICHG活性が見いだされましたので、その単離精製を行いました。その結果最終的に500gから30%という高い活性収率で均一状態に精製することに成功しました。精製倍率は4200倍でした。精製酵素は糖染色陽性で、糖タンパク質であると考えられました。精製酵素の部分アミノ酸配列に基づいてGmICHG cDNAを単離し、その塩基配列を決定したところ、グリコシドハイドロレース(GH)スーパーファミリーのファミリー1の酵素群と配列類似性を示しました。

   
  図 蛍光顕微鏡観察  
ダイズの実生を根の部分、胚軸の部分、子葉の部分に分けてGmICHG遺伝子の転写レベルを逆転写PCRで見積もったところ、この遺伝子は根にかなり特異的に発現していることがわかりました。そこで、この酵素の根の細胞における局在性を二つの方法で調べました。

ひとつは抗GmICHG抗体を用いた蛍光抗体法によるダイズ実生の根の切片の組織化学的観察であり、もうひとつはGmICHG遺伝子の下流にオワンクラゲの緑色蛍光タンパク質GFP遺伝子を連結したコンストラクトをシロイヌナズナの培養細胞に発現させ、GFPに由来する蛍光シグナルの培養細胞内での行方を観察するものであります。その結果,組織化学的観察により,この酵素は根の細胞間隙(アポプラスト)や根毛に局在していることが判明しました.

   
  図 組織化学的観察像  

   
  図 形質転換シロイヌナズナ培養細胞による局在性解析  
さらにGFP発現コンストラクトを形質転換したシロイヌナズナ培養細胞では、GFP蛍光は根の細胞の周縁部に見いだされ,この融合タンパク質は細胞膜でなく,細胞壁に存在することもわかりました.

以上の結果から,GmICHGは細胞壁や細胞間隙に局在し,イソフラボンコンジュゲートのプールやこうした修飾酵素系からは空間的に隔離されて存在することがわかりました.

 

 


   
  図 イソフラボン代謝関連酵素の局在性  

酵素のアミノ酸配列に基づく系統解析を行ったところ、この酵素は、他の多くのマメ科植物のβ-グルコシダーゼとひとつのクラスターを形成するように見えます。ここに集まるβ-グルコシダーゼの多くはその機能が明らかにされていませんが,おそらく,GmICHGと同様に,植物が微生物との相互作用する際のシグナルとして,フラボノイドを遊離する役割を果たしているのかもしれません.


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