オーロンの生合成経路の解明

Aurone biosynthesis

 

   
  図1 黄色キンギョソウ(A)とオーロンの一般構造(B)  

 近年,遺伝子工学的手法により花色を調節する方法が実用化され,この手法により創出された藤色のカーネーションがすでに市場に出回るようになり,好評を博しています.2004年には史上最も青いとされるバラが同じ手法により作出され,マスコミを大いに賑わしました.アサガオ,スイトピー,ペチュニア,ゼラニウム,シクラメン,インパチェンスなど,商業的に重要な花卉品種のいくつかには黄色品種は知られていませんが,同様な手法で「黄色い遺伝子」を導入すれば,将来,黄色いアサガオやスイトピーなどを楽しむことができるようになるかもしれません.
オーロン(aurone, 図1,B)は,ダリア,コスモス,キンギョソウ(A)の鮮やかな黄色の原因となるフラボノイド化合物の一群です.

 遺伝子工学による花色調節のなかでも黄色系の調節は難しいとされていますが,オーロンの生合成をつかさどる酵素遺伝子が明らかになれば,こうした黄色系の花色調節に有用であろうとかねてから推定され,注目されていました.またオーロンには抗マラリア活性,抗菌活性,薬学的に興味ある酵素阻害活性が知られており,生物医学的な観点からも注目を浴びてきました.しかしながら,オーロンの発見からすでに半世紀もの歳月が経ちますが,先人の多くの努力にもかかわらず「オーロン合成酵素」の実体は謎に包まれたままでした.私どもの研究室では,黄色キンギョソウのオーロン合成酵素とその遺伝子を単離し,意外な酵素がオーロンの合成を担っていることを明らかにしました.

   
  図2 高速液体クロマトグラフィーによる代謝中間体の解析  

 黄色キンギョソウ花弁に含まれるオーロンの主成分はオーレウシジン(図3, 化合物2)のグルコース配糖体です.オーロンが発見された1950年代から,オーロンの直接の前駆体は,フラボノイド化合物の生合成における共通の中間体であるテトラヒドロキシカルコン(図3, 化合物1)であろうと推定され,また水和型オーロン中間体を経由する生合成経路(図3, 経路I)が別の植物種について提案されていました.テトラヒドロキシカルコンからオーレウシジンへの代謝には,オーロン骨格への酸化的閉環とベンゼン環の水酸化という二つの化学的変換が必要ですが,黄色キンギョソウ花弁の粗酵素液を用いたわれわれの実験では,この二つの反応を触媒する活性は分離不可能なため経路Iでは説明がつかず,単一の酵素が両方の活性を担っている可能性(経路II)が強く示唆されました.

   
  図3 オーロン生合成の推定経路  

 そこで,この新規な反応を触媒する酵素の黄色キンギョソウ花弁からの単離を試みました.この酵素は予想外に微量かつ不安定でその単離精製は困難を極めましたが,十分な量の出発材料(約17000本のキンギョソウから採取したツボミ32 kg)を確保し,また精製に種々の工夫を凝らした結果,90μgの酵素純品(オーレウシジン合成酵素)を単離することに成功しました.

   
  図4 低温室における酵素精製  

 一方,キンギョソウ花弁において黄色の花色発現をつかさどる遺伝子を特定するため,黄色花弁に特異的に発現している遺伝子を検索しました.その結果選別された遺伝子のひとつの推定アミノ酸配列が,精製標品を用いて決定されたオーレウシジン合成酵素の部分アミノ酸配列と完全に一致しました.この遺伝子の発現パターンの解析により,この遺伝子の黄色の花色発現における役割が裏づけられました.この遺伝子の全塩基配列を決定した結果,驚くべきことにオーレウシジン合成酵素は植物のポリフェノールオキシダーゼ(PPO)のホモログであることが判明しました.

 切ったリンゴ,バナナ,ジャガイモなどを空気中に放置すると褐変することは日常誰もが経験するところですが,この植物組織の褐変現象をつかさどっているのがPPOです.一般にPPOはプラスチド(葉緑体)に局在しますが,基質となるポリフェノール化合物は液胞にあって,プラスチドにあるPPOとは通常は空間的に分離して存在しているため,PPOの真の生物学的機能は長らくの間不明でした.この発見は,オーロンの生合成経路を明らかにしただけでなく,PPOホモログが「花色発現」という明確な生物学的機能を担っていることを新たに見いだした点でも極めて意義深いものでした.本研究成果は米国科学誌Scienceに掲載され,またこれを契機としてマスコミを通じて広く社会に報じられました.

さらに私たちは最近,オーレウシジン合成酵素がPPOとしては初の液胞局在型の酵素であることを明らかにし(図5),この酵素の前駆体の細胞内輸送経路についても解析のメスを入れているところです.

   
  図5 オーロン合成酵素の細胞内局在性を示す蛍光顕微鏡像  

さらに本酵素遺伝子や,オーロン生合成経路について明らかにされた他のさまざまな知見を利用することにより,先に述べたような新しい黄色花卉品種の作出技術が実現し,その成果が米国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載されました.この研究成果もマスコミを通じて世の中に広く報道されました.


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