研究部門紹介

 認知症の主要疾患であるアルツハイマー病は、未だ真に有効な予防および治療手段が確立しておりません。一方、超高齢化社会を迎えた我が国においてこの病気が増加し続けているため、深刻な社会問題となっております。そのため、より安全なアルツハイマー病治療・予防法の開発が待望されています。このような背景を元に、当研究部門では、アルツハイマー病の予防および治療に有効な機能性食品の開発に必要な基礎および応用研究を以下のように行っております。

i) ローヤルゼリーのアルツハイマー病予防効果の検討およびその有効成分の探索

ii) 柑橘果皮成分ノビレチンの機能性食品としての応用

iii) ローヤルゼリーおよびノビレチン併用による相乗効果

  アルツハイマー病脳においては、いくつかの重要な神経病理変化が観察されますが、その代表的な特徴の一つである老人斑は、分子量4 kDa程度のアミロイドβ蛋白(Aβ蛋白)が線維化し細胞外に沈着したものです。老人斑に加えて、タウ蛋白リン酸化による神経原繊維変化や広範で高度な神経細胞脱落も認められます。これらの神経病理所見を説明するものとして、「アミロイド仮説」は多くのアルツハイマー病研究者の支持を得てきました。アミロイド仮説とは、Aβ蛋白→タウ蛋白→神経細胞脱落→認知症状として、Aβ蛋白を根本的発症原因に最も近いものとする考え方です。このアミロイド仮説によれば、1)Aβ蛋白はタウ蛋白リン酸化などのすべての事象を引き起こす;2)Aβ蛋白の沈着が阻止できれば、神経原繊維変化や神経細胞脱落は起こらず、アルツハイマー病の発症を阻止できると考えられます。また、アルツハイマー病は認知機能低下などの症状が現れるおよそ20年も前から脳内にAβ蛋白が徐々に蓄積して進行していく病気であります。そのため、Aβ蛋白を制御する有効な機能性食品の開発は、より簡便で安全なアルツハイマー病予防法として重要な役割を果たせると期待されております。

ローヤルゼリーとは

 ローヤルゼリーとは、働き蜂が女王蜂のエサとして作り出す乳白色の物質であり、豊富な栄養が含まれていることが知られている健康補助食品のひとつです。その栄養価の高さから様々な効果が期待されており、色々な疾患に対する研究が行われておりますが、現在ヒトを対象とした臨床試験でローヤルゼリーの効果を実証したものはなく、今後の結果に期待が持たれている食品です。

培養細胞を用いた実験において、ローヤルゼリーを投与した培養細胞では、学習・記憶に関連した情報伝達の活性が高まっていることがわかりました。また、後述のノビレチンと併用することにより、その作用が増強することも発見されました。

  

 

陳皮(温州ミカンの果皮)の成分のノビレチンとは

 大泉教授らは東北大学大学院薬学研究科山國徹准教授らと共同研究により、アルツハイマー病の予防薬・根本的治療薬あるいは機能性食品の開発に関する独自の戦略を考え、その予防法あるいは原因療法となりうる低分子性の化合物の探索研究を進めてきました。その結果、陳皮(温州ミカンの果皮)の成分ノビレチンを発見することに最近成功しました。

 ヒトのアルツハイマー病に最も類似していると考えられるヒトのアルツハイマー病患者の遺伝子を導入したマウス(Tgマウス)に対する、ノビレチンの抗アルツハイマー病効果を検討した結果、このアルツハイマー病のモデルマウスの記憶力は、健全なマウスのそれと比べ、明らかに減少していましたが、このモデルマウスにノビレチンを投与すると、健全なマウスの記憶力のレベルまでに完全に回復していました。また、このアルツハイマー病のモデルマウスには、その原因物質とされるβ-アミロイドが脳の海馬に多量に蓄積しているのが観察されましたが、ノビレチンを投与すると、それが顕著に減少することを発見しました。



2011.2.1. 更新    

最近のトピックス

 

  海馬における長期増強(LTP)は記憶と学習において重要なメカニズムのひとつとされている。また、アルツハイマー病などの認知機能障害などにおいては、様々な要因によりシナプス可塑性障害が起こり、その結果LTPが抑制されることによって記憶障害が引き起こされることが報告されている。このシナプス可塑性に重要な分子標的のひとつがcAMP応答配列結合タンパク質(CREB)のリン酸化とそれに続くCRE依存的転写活性である。 大泉らは、このCRE依存的転写活性を増強する天然物質を探索した結果、神経細胞のモデル細胞として汎用されるPC12D細胞において、ローヤルゼリーが顕著なCRE依存的転写活性上昇作用を有することを発見した(Fig. 1)。

Fig. 1  ローヤルゼリー(RJ)によるCRE依存性転写活性促進
Fig.1 ローヤルゼリー(RJ)によるCRE依存性転写活性促進作用

 

 ローヤルゼリーの機能性食品への応用を目的として、ジャパンローヤルゼリー(株)と共同研究を行い、ローヤルゼリーのCRE依存的転写活性増強作用をさらに強める天然物の探索を行った。その結果、ローヤルゼリーに数種の天然物(シークァーサー、イチョウ葉、紅景天、フェルラ酸)を混合することにより、単独使用に比べて相乗作用が認められた(Fig. 2)。興味深い点は、ローヤルゼリー以外の成分は、低濃度域においてはCRE依存的転写活性作用を全く示さなかったが、これらの天然物を混合することによりはじめて、ローヤルゼリーの作用が顕著に増強されるということである。

 

 これらの結果から、PC12D細胞のCRE依存的転写活性においては、ローヤルゼリー単独で用いるよりも、混合して用いるほうがより効果的であることが明らかにされた。

 

Fig.2 ローヤルゼリーによるCRE依存性転写活性促進作用を増強する天然物の探索


Fig. 2ローヤルゼリーによるCRE依存性転写活性促進作用を増強する天然物の探索

 

  なお、本実験に用いた実験材料は、ジャパンローヤルゼリー(株)から提供を受けたものである。