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分子性結晶の成長過程における特異性と

その電子デバイスへの応用

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東北大学大学院・工学研究科・応用化学専攻

板谷 謹悟


1. はじめに

これまで、分子素子、自己組織化、あるいは、一般的には、ボトムアップアプローチとして知られている分野は、現在でもナノテクノロジーの中心課題の1つとして国の内外で多くの研究者によって基礎研究が行われている。ボトムアップアプローチの期待は、ビーニッヒとローラー博士によって発明された原子・分子分解能を有するSTMの出現に負うところが大きい。つまり、固体表面の原子構造、更には、固体表面上に吸着した原子・分子の構造、短針による原子マニプレーション等の実験結果から、少なくとも、固体表面で原子・分子レベルで特異な構造体を作り上げる事が原理的に可能と考えられたからである。

本講演者は、それまで、清浄固体表面の原子構造を直接決定可能な走査型トンネル顕微鏡に関する多くの研究が超高真空中の環境下で行われたのに対し、原子・分子レベルでの情報が殆ど皆無に近い、固体表面が液体と接する「固液界面」において、固体表面を原子レベルで観察することができる液体中電気化学STM 装置の原理を発明した。続いて、その装置を駆使し、電解質を含む水溶液中という環境下においても、原子レベルで規定された清浄表面が多くの重要な金属及び半導体において、超高真空中と同様に、安定して存在することを実証した。この事は、これまでの清浄固体表面に関する研究が、超高真空技術の使用を前提としていた事を考えると、常識を覆すものであった。この新しい装置は、「固液界面」が本質的に重要な反応場である多くの学術・工業分野、例えば、電気化学、燃料電池、触媒化学、分子吸着、表面処理、分子素子、更には、生体物質等の研究に分子レベルの情報を提供する強力な手法を提供しただけでなく、「固液界面」の新たな地平線を開拓し、表面・界面科学の発展の大きな原動力と成っている。

そうした「固液界面でのアトムプロセス」に関する基礎的知見を基に、最近では、分子性結晶を用いた電子デバイスへと研究を展開している。その1つが有機FETの有機薄膜の作成プロセスである。これまで、有機FETは、蒸着で得られる多結晶膜が多く用いられてきた。これに対し、更なる有機FETの特性向上のため、高移動度が期待される結晶性の高い有機膜を「固液界面」で作成する可能性を検討している。溶液プロセスを積極的に用いて原子・分子レベルで制御された結晶成長手法に注目しており、これまで、真空蒸着法を主体に進められてきた薄膜成長法とは大きく異なり、これまで、ほとんどデバイスへの応用と言う観点での検討がなされていない、未踏の課題である。

現在、科学技術振興機構戦略的創造推進事業(CREST)の「新しい物理現象や動作原理に基くナノデバイス・システムの創製」研究統括・梶村皓二氏の下で、研究課題「固液界面のアトムプロセスの解明とその応用」の研究代表者として、平成20年3月までの5カ年間のプロジェクト研究を推進している。

2. これまでの研究

固体と液体が接する「固液界面」は、化学反応が主役を演じる基礎科学的にも応用的にも極めて重要な反応場である。 これまでの「固液界面」の研究を大別すると、原子・分子スケールでの@界面構造、A界面反応、B自己組織化、である。図1は、固液界面の概要図と電位制御液中STM装置の概念図を示した。

2.1界面構造

@基板:固液界面を構成する固体(結晶、金属、半導体)表面の原子構造、固体表面に吸着した多様な形状・機能を有する分子群の吸着単分子膜の構造決定要因の解明である。図2は水溶液中において世界で初めて捉えられたPt(111)清浄表面の原子像である。

この成果から、Pt以外のAu, Rh, Pd, Ir等の貴金属単結晶においても、フレームアニール法として知られている(具体的には、火炎中で赤熱したこれらの各指数面を有する単結晶電極を、すぐさま水素飽和の超純水中で急冷する)手法によって、電解質水溶液中で広いテラスと単原子ステップからなる清浄表面の露出法の確立を行った。さらに、究極の解像これらの成果は、「固液界面」の研究に新たな発展の基礎と方向を示し、新たな科学分野として、「電極表面科学」の発展のための基礎を確立した。

A有機分子の吸着構造

Rh(111)面に吸着したベンゼン分子の溶液中でのSTM観察に世界で初めて成功している(図3)。吸着したベンゼンは、二重層電位領域でc(23×3)rect-2C6H6構造と(3×3)-1C6H6構造へと電位変化により相転移する事を見いだした。後者の構造は、UHV中でのベンゼンとCOの共吸着構造と同一のものであるが、水溶液中では水分子がCOと同じ役割を担って秩序構造を形成しているものと推定された。この研究成果を発端とし、電極基板上に吸着した多くの有機分子の構造を解明した。さらに,ヨウ素単原子層で修飾した金属単結晶表面を用いると,複雑な分子においても有機単結晶に相当する高次配列の2次元有機薄膜を形成できる事を見出している。多くのポルフィリン及びフタロシアニン誘導体の2次元単分子膜の形成が代表的成果である。新しい結晶性分子薄膜の作製手法への展開の基礎研究として位置付けられる。

参考文献:S.-L. Yau, Y.-G. Kim, and K. Itaya, "In Situ Scanning Tunneling Microscopy of Benzene Adsorbed on Rh(111) and Pt(111) in HF Solution", J. Am. Chem. Soc., 118, 7795-7803 (1996).

 

B超高真空固液界面複合装置

 超高真空と固液界面には大きな相違点があるものも、共通点もある。また、超高真空中では、LEED、オージェ等の各種電子分光法を活用する事が出来るので、表面構造を正確に議論する場合は、超高真空中に試料を導入して、これらの表面分析法を活用する道もある。ただし、この場合は、液体中と超高真空中とで構造変化の起こらない系に限られる。また、通常は、環境の異なる雰囲気中に存在する試料を超高真空中に導入する際は、大気中もしくは不活性ガス雰囲気を経由する安易な方法が取られているが、この過程で表面被毒、表面酸化が進行するので相当の注意が必要であった。代表者らが開発した複合装置は、液体中からほぼ完璧に被毒することなく超高真空中に搬送できる装置である。また、超高真空中で調整された表面を被毒無く液体中に搬送できる。この手法を用いると、固液界面のより詳細な検討が可能であり、また、真空蒸着法等のドライプロセスとの相違点を明らかにすることが可能である。

参考文献:T. Yamada, N. Batina, and K. Itaya, "Structure of Electrochemically Deposited Iodine Adlayer on Au(111) Studied by Ultrahigh-Vacuum Instrumentation and in Situ STM", J. Phys. Chem., 99, 8817-8823 (1995).

 

2.2界面反応

@半導体電極のエッチング過程

 半導体デバイスの高集積化を実現するには、平滑かつ清浄な表面を形成することが重要な課題の一つである。溶液中のエッチング、いわゆる湿式エッチングは、穏和な条件下でナノスケールの平滑性を持った表面が作成できると期待できる。Si(111)面のエッチング過程の動的STM測定を行い、ステップ端で起こる反応の異方性を解明した。図4には、13秒間隔で捕らえたSi(111)の液相エッチング過程のSTM像である。ステップは単原子ステップである。2枚のSTM像の比較から、ダイハイドライド終端のステップに存在するSiが、モノハイドライド終端のSiより相当早くエッチングが進行することがわかる。このように、固液界面反応は僅かな結合エネルギーの差を利用して、選択的の反応を制御する事が可能である事を、明らかにした。今後、次世代集積回路を可能とする原子レベルで平坦な半導体表面創製へと発展が期待される。本研究での分子性結晶の成長・溶解の分子レベルの解明の原動力の1つである。参考文献:K. Kaji, S.-L. Yau, and K. Itaya, "Atomic Scale Etching Processes of n-Si(111) in NH4F Solutions: In Situ Scanning Tunneling Microscopy", J. Appl. Phys., 78, 5727-5733 (1995).

 

2.3自己組織化

固体基板の最外層の原子構造、さらには基板表面上に形成される単分子層の理解は相当程度進んだと考えられるが、更にその先の、自己組織化、ボトムアップの観点から、注意深い分子間相互作用を利用した実験を行った。積層一層目の分子層(ポルフィリン)上に二層目のフラーレン単分子膜が1対1の関係を保ってエピタキシャル成長することを実証した。図5には、そのSTM像と構造の模式図を示した。この実験は、その後の多層膜の作製、更には、本研究開発に生かされることになった。

以上がこれまでの研究成果の簡単な概要であるが、要するに、こうした単分子層の本質的な理解から研究を行って来たにもかかわらず、単分子層を積み上げ、電子的物性評価の対象にかなる程度の膜厚を有する、高品位薄膜の成長は図3の結果から推測しても、簡単な技術ではない。その困難さを要約すると@第一層目の分子層にも相当の欠陥が存在する。無欠陥の第1層目を作成する事は「固液界面」でもきわめて困難である。A累積には分子層層間に秩序だった相互作用が必要であり、これを全ての層間で達成するのは容易ではない。いわゆる、単純な「ボトムアップ」の概念では、数層の分子層の形成が可能としても、電子デバイスとしての特性評価に耐えうる厚みを持った薄膜を作製する事は容易なことではない。

 

3.分子性結晶の特異性とデバイスへの応用

平成14年10月から開始された、CRESTの研究課題「固液界面のアトムプロセスの解明とその応用」では、蒸着法等の真空技術を用いた物理的方法ではなく、「固液界面」反応の特徴を最大限活用し、高品位な、新しい概念に基く薄膜形成方法を種々検討してきた。電子デバイスとしては、FETを当面のターゲットにしている。

FETで多くの研究がなされているペンタセンあるいはルブレン等の有機結晶を「固液界面」を活用して作製すると、SiGaAs等の無機半導体結晶に比べても、“異常”とも思われる良質な結晶性を示す事が明らかになった。現在、得られた多数の分子からなる、いわゆる「分子性結晶」のX-線構造解析、非接触原子間顕微鏡(NC-AFM)、各種分光法によって、固液界面での結晶の成長過程の特徴が明らかに成りつつある段階に到達している。つまり、蒸着法では達成できない「固液界面反応の新たな特徴」の発見と言って過言ではない。「固液界面」で作られた分子性結晶のバルクおよび表面の完全性の実証は、別の観点から言うと、「自己組織化の究極の姿」の1つであることを強く示唆している。

FETの特性は、結晶中の電子あるいは正孔の移動度によって決定されている為、無欠陥に近い完全結晶を得る事は、移動度と結晶の本質的物性との相関を知る上でも極めて重要な意義を持つ。また、本課題で対象とする電子デバイスは、FETに限らず、共通な問題を抱える、有機EL、有機太陽電池、更には一般的に、有機半導体、導体となる分子性結晶の物性解明にも貢献するものと考えられる。また、固液界面を用いると、蒸着する事のできない、例えば、生体物質等の結晶化も可能であり、その応用範囲はかなり広い物質群に及ぶものと考えられる。

以上の様に、我々は、これまで培われた「固液界面」の特徴を最大限利用し、原子・分子レベルでの分子配向制御を基本概念として、これまでにない高品位の分子性薄膜、あるいは、分子性単結晶の液相成長法の確立を目指す。また。結晶成長過程の解明も重要な課題である。さらに、基板上での直接結晶成長過程を分子レベルで検討する。これが明らかにされれば、電子デバイス基板上に直接分子性結晶を成長させる事も可能となる。多くの有機デバイスの特性を向上させるためには、有機結晶が本来持つ高い移動度を発現させる必要が有り、分子性結晶を用いた、いわゆる有機FET、有機EL、有機太陽電池、更には一般的に、有機半導体、導体、等の根源的な評価が可能であり、実デバイスの開発に重要な指針を与えるものと考えられる。

3.1 分子性単結晶の液相成長法

@多環芳香族炭化水素

ペンタセン: 有機・無機分子からなる分子性薄膜あるいは単結晶の成長法には、一般的に、気相からの昇華法と液相成長法が知られているが、FETEL、太陽電池等の電子デバイスのこれまでの殆どの研究・開発では、蒸着法に代表される気相法で有機薄膜が作られている。しかし、これまでの有機デバイス開発の経緯から、液相結晶成長法は、あまり積極的には検討されていない。有機FET、有機ELの最近の研究・開発では、一部に液相法の提案もなされているが、当該研究者が見出した、液相法の特徴を踏まえての提案ではない。

本研究において、液相法で得られる様々な結晶の構造を、主に表面・界面の重要性から、通常のX-線構造解析の他に、非接触原子間顕微鏡(NC-AFM)を用いる事により、液相法から得られた結晶の極めて重要な特長を得た。

図6には、有機FETで最も検討が進んでいるペンタセンの蒸着膜の典型的なAFM像である。観察領域は500 nm×500 nmであり、蒸着領域全面に渡って同一のモルフォロジーであった。図7は図6のAFM像中に引かれた実線に沿っての表面の凹凸を示すラインプロファイルである。基本的には、島状成長をしているもののステップ高さは1.4~1.6 nmであり、ステップ間のテラスは、分子レベルで平坦である。テラス幅は、各層によって異なるが、10~30 nm程度である。蒸着法によってもこうした分子的に平滑なテラスと単分子ステップからなる表面構造であることは、分子間の相互作用が大きく、層状に成長する傾向の高い分子性結晶である事が示唆された。

図9は、側面から見た結晶のX-線解析から得られた構造で有り、ペンタセンの長軸がやや傾斜した積層構造である。構造から明らかなように、AFMで観察されたステップは、傾斜配向したペンタセンの層間の高さに対応している。

一方、図7は、ジクロールベンゼン溶液から作られたペンタセン結晶をマイカ上に固定した時の光学顕微鏡写真である。結晶の大きさは約0.5 mmの角型をしている。この中央部の結晶の膜厚は、300 nmと非常に薄い。つまり、結晶のマクロの形状からすると結晶は、結晶の横手方向に早い速度で成長し、厚み方向の成長速度は非常に遅いと結論される。膜厚は光学顕微鏡下では均一である。

図8は、この結晶のNC-AFM像である。走査範囲は、図6に示した蒸着膜のAFM像の観察より相当広い。像中のステップは、先に述べた傾斜したペンタセンの単分子高さに相当する。

 特筆すべき点は、テラスの幅である。1~2 mmの“異常とも思われる広さの分子的に平滑なテラス”が観測され、テラス上には、“アイランドの様な欠陥”も見つからない。

図10は、同一観察領域(5 mm四方)で比較した蒸着膜と単結晶のAFM像を示す。その違いは驚くものであった。

前述したようにSi(111)GaAsInP等の半導体表面の原子レベルでの液相エッチング過程を検討した。更に、AuPtRhIrPdNiCo等の貴金属単結晶表面の原子構造を解明してきた。注意深く調整された上記半導体および貴金属でも、テラスの広さは10~100 nm程度である。図11には、液中で得られたSi(111)およびAu(111)表面のSTM像を例として示した。観測領域は両者とも0.3 mm四方である。図10と図11の比較からも、分子性ペンタセン単結晶は、実に数ミクロンに渡るテラス幅を有している。これまでの経験からすると、分子性単結晶で観測されたテラス幅は、異常とも思われ程広く、液相で作られた分子性結晶の完全性を強く示唆しているものと考えられる。更に重要な事は、ここでは詳細に述べないが、他の重要な有機半導体である、ルブレン、テトラセン、コロネン等の単結晶も完全性の高い結晶であった。

 

ルブレン: 電子デバイスへの応用を目指して、溶液からの単結晶の成長という基本的テーマに関し系統的な研究を行ってきた。有機FETの研究でペンタセンと並んで多くの研究がなされているルブレンの溶液からの単結晶の成長にもペンタセンと伴に成功している。図12は、ルブレンのクロロフォルム溶液にヘキサンの蒸気を拡散する事によって得られた、ルブレン結晶の写真である。柱状結晶であった。

 

図12ルブレン単結晶 

テキスト ボックス: 図13 ルブレン単結晶の2次元X線回折像さらに、単一結晶のX線解析により、構造決定を行った。図13(左)は、2次元回折パターンの1例であるが、良質な単結晶が得られる事が判明した。詳細な解析から、右図に示す構造を有しており、これまでの既報のX-線解析結果と一致した。気相拡散法による方法でもルブレン単結晶を合成し、そのX-線構造解析も行ったが、X線的には両者とも良好な単結晶であった。

 

非接触原子間顕微鏡の分子分解能の達成

 高度に構造規制された分子性結晶の電子デバイスへの応用を進めるためには、数層の分子層、さらには、それ以上の積層膜の構造を分子レベルで把握する必要が有る。代表者が長年培ってきた液中STMは、数層の吸着層の構造に関して極めて有用な情報を与えるが、トンネル電流を制御因子にしたSTMでは、絶縁体に近い累積膜には適用できない。

図20 ルブレン単結晶の光学顕微鏡写真

 
 しかし、最近その進歩が著しい非接触原子間顕微鏡(NC-AFM)は、その原理から、絶縁体でも測定対象になり、しかも、真の原子・分子分解能で得られる事が確立されつつある。こうした状況において、本研究開発には必要不可欠な手法との認識から、約3年間、装置(日本電子UHV-AFM)の導入、操作方法の周熟、単結晶の合成方法の探索、等を進めた。その結果、最近、有機FETでも重要なルブレン単結晶の表面分子像の観察に成功した。その成果は、神戸で行われた非接触AFMの国際会議で発表したInternational Conference on NC-AFM, 2006, July, 16-20, Kobe)。

 図14には、液相法から作成したルブレン単結晶表面の超高真空中での世界で初めての分子像である。NC-AFM像の中で楕円で示した分子が1個のルブレン分子であり、詳細な解析の結果、ルブレンの表面構造は、図21で述べたバルクの結晶構造から説明できる。再構成構造は取っていない。

 図14の様なNC-AFM像から、X-線回折法を用いずとも、結晶の正確な方位決定の可能であり、本研究開発を進める上で、極めて重要な測定手段である。

 今後、この手法を液体中に適用する事が可能となれば、結晶成長のその場観察が可能となり、液相結晶成長法の確立にとって重要と思われる。

参考文献

1)K. Suto, S. Yoshimoto, and K. Itaya, "Two-Dimensional Self-Organization of Phthalocyanine and Porphyrin: Dependence on the Crystallographic Orientation of Au", J. Am. Chem. Soc., 125(49)14976–14977(2003).

2)S. Yoshimoto, E. Tsutsumi, Y. Honda, Y. Murata, M. Murata, K. Komatsu, O. Ito, and K. Itaya, “Controlled Molecular Orientation in an Adlayer on Au(111) of a Supramolecular Assembly Consisting of an Open-Cage C60 Derivative and Zn(II) Octaethylporphyrin”, Angew. Chem. Int. Ed., 43, 3044–3047 (2004).

 

A一次元有機結晶

有機半導体及び導体の研究において、TTF系誘導体は、絶縁体から超伝導体に渡る広範な物質を与えることから、興味ある研究対象である。TTF系誘導体を用いたFETの作製については、幾つかの報告がなされている。研究代表者は一軸方向に結晶が成長するDT-TTF(図11)の重要性に鑑み、液相からのDT-TTF単結晶作製とそのFETについて研究を進めている。DT-TTFは合成が簡単ではなく、現在市販されていないため、新規TTF系誘導体の開発と錯体の物性研究を専門としている共同研究者、兵庫県立大学の山田順一助教授と共同研究を進めている。既に、図16に示すように溶液からの単結晶作製とその成長過程の連続観測を行い、現在、FET素子の作製を進めている。液相から得られたDT-TTF単結晶も先に述べたペンタセンと同様に分子レベルで平坦な表面構造を持つことがAFMによる表面観測により示され、溶液プロセスにより良質な単結晶を得ることが出来ることを実証した。本研究では、DT-TTFや他のTTF系誘導体、さらに新規TTF誘導体について、気相及び液相プロセスを用いた単結晶作製、そのAFM観測、さらにFET特性の測定を行い、TTF誘導体を用いた有機エレクトロニクス素子の検討を進めていく。

 

3.2オリゴリゴチオフェン

伝導性高分子の伝導機構とも関連し、ドナー性の高いポリチオフェン、その分子鎖が規定されたオリゴチオフェンの正孔移動度は興味のある物性である。これまでは、構造制御されていないポリチオフェン、あるいは、オリゴチオフェン薄膜のFET特性が報告されているが、本研究開発では、オリゴチオフェンを高度に配向した薄膜を作製し、正孔移動度と分子鎖の方向との関係を求める挑戦的課題に取り組む。これまで行ったのは、12個のユニットが連結した、T12Au(111)面上での吸着構造である。

図17は、共同研究者、広島大学、大坪 徹夫教授の合成した、T12Au(111)面上に吸着した、単分子膜のSTM像である。若干の乱れは有るものの、規則的に配列している事が、判明した。この表面で結晶成長を行うと、第1層目の吸着構造とバルクの結晶構造相関が、分子レベルで解明することが期待される。ポリチオフェンでは第1層の吸着構造が乱れているが、オリゴマーでは比較的高い規則性がある。電導性高分子の規則構造と電子的特性の相関が明らかに成る可能性が高い。

 

 

 

4.まとめ

「固液界面」で成長する分子性結晶の特徴を最大限活用し、蒸着法では得られない、高品位の分子性単結晶を電子デバイスに応用しようとするものである。溶液を使用するウエットプロセスは、その容易さから、魅力ある工業的製造プロセスであるが、液体中での結晶と溶液の界面は、通常の方法では、分子レベルの知見を得る事は容易ではなく、殆どの既存のウエットプロセスは、経験とノウハウで技術が構築されている。こうした問題点を分子レベルから検討して、比較的性能要求が厳しい電子デバイスへの適用を試みるものである。

「固液界面」を活用した工業的製造プロセスは、鉄鋼、家電、化学、表面処理、等の主要分野で多数採用されており、本研究開発の成果は、電子デバイスのみならず、多くの既存の製造プロセスに多大な影響を与えるものと考えられる。更には、自己組織化、ボトムアップ等で期待されている分子デバイスへの重要な方法論として発展するものと思われる。

ナノテクノロジーは、全世界で研究開発が進んでいる夢と期待の多い分野であり我が国の将来の科学技術を支える課題の1つである。本稿が、ナノテクノロジーの基盤技術の探索に一助になれば幸いである。